デニム・ブルーママン23の8

 この所、容子は毎週、脱皮を繰り返し、まだ、現れぬライバルを心待ちにしています。あの子なりに、幼い日の罪を省みながら人生を生きてかれこれ、古希を迎える来月。みんなも、ここ数週間のあの子の動きにはハラハラさせられたでしょう。このコーナーとプラネットofゴリラは無料ですから奇譚なく、気軽に読めますね。人から貪り食う容子ではありません。常に考えているのは、貧しい人々を民間の結束で救えないか?そして、ボランティア精神の核になるものは果たして何か?そこを煎じ詰めている今の段階です。昔の古希に比較すると、今は確かに60代に見える。でも、一概には言えないし、個人差があります。容子が取得した無理のない多重人格は、幼い日に、罪を侵し、新天地へ向かうあの時点から、端を発しています。それくらい、家族は決死の思いでひがながへの移住を決めたのです。

デニム・ブルーママン23の7

 容子の性格のおおまかを話しておきたい。まさか、それを知らないままで、対峙を?私は、待たされることが、一番嫌いな容子の、性癖を、筆頭に記します。そんな、無類のせっかちさが、あの子にはある。だから、もったいぶる態度はあの子自体にありません。次はあまりに雄弁な方を度外視する傾向があります。亀のような確実な歩みは雄弁からは端を発しない。理屈ではなく、直感で恐らく会得した可能性がある。日本では寡黙と2文字で表現しますから、大人しい方々は安堵して良い。次に嫌うのは、煮えきらない人間。反応や応戦態度が全くない…まず、前進を思うのなら、このあたりの打破からですね。

デニム・ブルーママン23の6

 男子の性向が、明るく利発だとは、言い切れず、私は夫の姿に嫌悪を抱きます。何回も同じセリフを言ってくる。嫌気はさすなんてもんじゃあありません。男なら、黙っていても、周囲が怖がるほどでない限り、本物じゃない。日本は戦後、変わり果てた。国の中だけの話ではないと、私は思います。自信が全く持てない煮えきらない夫の態度です。遠慮深いのは、時として、私の雷落下の要因になりました。もじもじ、めそめそ、遠慮深いは、男の代名詞であってよいはずはない。私はそれこそ、野放図で良いくらい、伸び伸びと男子並みに育て、彼らの仲間になって遊ぶ容子を見てよしとしました。

デニム・ブルーママン23の5

 私は、多重人としての容子を見て、不安な要素に駆られてしまいますが、この子なり、あの事件から、別人になりたい…なれはしまいか?はあったと思います。純心幼稚園の年中さんの時、あの事件を起こし、容子は、幼くして、加害の立場になり、人柄について、深い考慮を煮詰めて行ったのだとしたら?人柄は、上着に値する?それとも、下着?いや、全くの裸体の奥に存在してある?容子はまだ幼く、自分の、危うい立場から、一刻も速く離脱したい考えは、すこぶる旺盛だったのでは?矢上に転居してから、私は、男の子として育てました。それが、今の容子の骨子に値します。洋介と呼んだのです。

デニム・ブルーママン23の4

 誰にぶつけようもない怒りに似たものが私の中に燻っていて、私の怒りをさらに助長させるのが夫の言動でした。私たちはいわば戦火の生き残り、それなのに、全く緊張感は見られず、それは教員の世界が公務員に近いことが起因していたと私は分析していました。話すことは、常に、歴史的な人物や、偉人について。こんな父親なら、いずれ、子供からは見放されるは、私には予測出来ました。なぜなら、その子は世の中の何物かになろうとしていたからです。しかし、肝心な父親は、どこまでも定番です。楽な世の中のお決まりのコ―スを挙げ、我が領地に子供を引き入れようと画策します。しかし、何物かになりたい人物には、手練手管は必要ない。私は夫を通して、容子に、あらゆる場面を見せることにしました。

デニム・ブル―ママン23の3

 封建時代と現代の間には、仕切りが、あり、その僅かな隙を行き来出来る器用さが、私の周りの女性たち全員にはありました。そうして観察して行くと、私にはまるでなかったコミュニケーション能力です。みんなが持ってる和の精神がまるで乏しい。その時一時的に、その人を好感しても、ずっと付き合って行くとなると、苦手意識がどんどん募ってくる。家族なら、一生の相手になる。それをきちんと踏まえていたわけではない。しかし、わが子を見たい気持ちは、ありました。わが娘、わが息子、生まれて来たら、歓迎したい気持ちは人並みにあったのです。

デニム・ブルーママン23の2

 堅苦しいセカイの裏には軍人の家庭があり、兄、姉を中心に父が留守の間は明るく回っていました。その家族が完全に消滅したことで私の精神は、アンニュイに差し押さえられていた。なぜ、自分が、好きになってもいないのに、結婚を?深く問い詰める自分の頭の中は混乱していました。結婚はしかし、大好きな人と暮らす演舞場でしょうか?家庭とは……まだ26歳の私。まだまだ未熟でした。