ゴリラのようちゃんファミ日記〔61〕

 働いても働いても暮らし向きはいっこうに良くならない。じっと手を見るっていう啄木の短歌を紐解いてみましょう。著作権も絡み詳細は控えます。庶民のいる位置はここだろうな?って。時代劇を見てそこに着眼出来た。京都にカンパ~~イの場面が来ていますね。つまり年貢の納めです。それをガバチョと農民から取って自分たちは酒の宴。私が一杯そういう旅の客たちを日昇館のお座敷で接待していたからシーンが蘇る。しかし旅の顧客達はみんな律儀で自分の身の程を知っていた・・・。年貢の取り立てなんかとは縁もゆかりも無い人々。会社で積み立てていた旅行積立金を消化するため、そして社内親睦の為に来ていた一般市民たちで、私はいい現場を経験したんだなあ?って今振り返ります。あそこでの経験は下にいる人々も上にいる人々もお互いに気を遣い合っていた・・・。上部にある人は、酒は足りているのか?って。下部の人はいつ上部の人に酒を注ぎに行けばいいかを絶えず見計らっている。美しい場面、そして一人だけ冷や冷やしながら行ったり来たりを繰り返すのが幹事。今朝は幹事力を新語として挙げておきましょう。そこでの飲み食いが約束したお金からはみ出すことは絶対避けないといけない。こういう庶民の律儀は一切合切、政治からは無くなったんだな?ってだからといってうじうじしていない!!どんな改革にも最初の決定打シーンがあるということですね。